『ラシーヌ便り』no. 84

2012.10  合田泰子

 

  

《合田泰子のワイン便り》

 

~ 出張日記より ~
 8月24日から9月5日まで、フランスに出張しました。日本は厳しい残暑が続いていましたが、フランスはすっかり涼しく、もう秋が始まっていました。寒くて、冬のアンゴラのジャケットが役に立ちました。 出発前の暑いさなかに汗をかきながら荷物を作っていたとき、織物のコートをスーツケースに入れかけていたのに、いくらなんでも要らないだろうとしまったのが敗因でした。毎年のことで、東京とヨーロッパは秋の始まりが違うのはわかっていたのだから、コートを持ってくるべきでした。
 今年のロワール地方は、春先の三度に及ぶ霜、低温による開花の遅れと、日照不足による成育の遅れ、雹と多雨/湿気による病気の蔓延……などが重なり、本当に大変です。8月中旬の一週間は40度近くまで気温が上がったため、一気にうどん粉病が広がりました。シャンパーニュ地方のマルゲとラエルトからも、同様な知らせが届いています。「何十年もブドウを栽培してきて、こんなにひどいのは初めて。悪いことが一時にやってきた年だった」とは、ティエリー・ラエルト(オーレリアン・ラエルトの父)の弁です。このように今年、フランス北部は厳しいヴィンテージになりました。
 多くの畑はベト病に冒され、茶色い粒のついた小さな房が、樹全体にたった一房。この時期なのに、噛むとガリッとして、酸っぱいのです。実の数が少ないのは諦めるとしても、せめて9月に入って好天のもとで熟してくれることを願うばかりです。 (写真はLe Clos du Tue Boeuf のBouisson Pouilleux 1950年に植えた畑)
 ところが、こんなにひどい天候でも、クルトワ家の畑は元気があって、とても美しい。さすがに、実は少なくて、「100m 歩いてバケツ一杯あるか どうか」、とクロード。雹に襲われなかったので、樹に3-4房は実生があるので、他の造り手の畑よりはずっとましです。それにしても、これらの地域では成育が通年より一ヶ月遅いため、収穫はかなり遅くなるもようです。

 

【8月27日】 シルヴァン・ソー
 初めてのプリムールの打ち合わせのため、シルヴァン・ソーに会いにカルカッソンヌへ。トゥルーズ空港に降りれば、真夏の強い日差しを浴びた南部の風景が広がります。通年と比べて成育はやや遅いようですが、病気もなく健康なブドウが順調に収穫を待っています。赤のプリムール用のブドウを食べて確認しました。 シルヴァンによれば、果皮が厚くて色が濃いブドウ果ではなく、果汁が多くて酸に富むブドウが、プリムールには適しているので、色々食べて、カリニャンとグルナッシュを選んだとのこと。どちらの品種も、とても後味が繊細で、来週収穫の予定です。
 ソーヴィニョンとシャルドネは、リムーに近い標高400-450m の畑の産です。こちらも香り高くてみずみずしく、酸がきちっとあるので、きっといいプリムールになるでしょう。久しぶりにシルヴァンと話して、彼のワイン観を聞き、あらためて作品としてのワイン造りのできるヴィニュロンだと思いました。
  「ちょっと醸造から離れていたので、“Tous beau Tous neuf” (髪を切ったの? 素敵だね、とか新しい服素敵だねといったニュアンス)という名前にしたんだ。」 いつもは長期熟成型のシリアスなワインを造るシルヴァンですが、きっとチャーミングでみずみずしく、遊び心にあふれた、いかにもヴァンナチュールらしいプリムールを届けてくれるでしょう。

 

【8月28日】 ドメーヌ・ゴビー
 シルヴァン・ソー訪問後ペルピニャンに出て、ドメーヌ・ゴビーを訪ねる。2010年からは、《カルシネール・ブラン》(ビン詰め時にSO2を10mg添加)以外は、すべてのキュヴェが醸造・ビン詰め時をつうじて、SO2非使用に変わりました。ドメーヌ・ゴビーは、2008年にジェラールからリオネルに代が替わりました。リオネルは、尊敬する自然派の造り手たちから意見を聞きつつ、迷わずより自然な醸造に転向しましたが、いよいよその成果が現れてきました。 2009年までの分析表の〈SO2 Total〉値は、次の通りです。


Calcinaires Blanc 2009 56mg   Vieilles Vinges Blanc 2008 73mg
Coume Gineste Blanc 2008 37mg Calcinaires rouge 2009 19mg
Vieilles Vignes Rouges 2008 10mg以下 MUNTADA 2008 25mg
La Roque 2008 36mg VDN Rivesaltes Caricia 2006 68mg

 このように、上記の値でも、かなり酸化防止剤の使用量は少ないのですが、昨年入荷しました《カルシネール・ブラン》 と 《カルシネール・ルージュ》 では、その値はさらに少なくなっています。

Calcinaires Blanc 2010 14mg   Calcinaires Rouge 2010 10mg以下

でした。この秋入荷するゴビーの新ヴィンテッジは、カルス村産クリュ特有の力強さと精妙さが、いっそうよく表現された、素晴らしいワインです。

 

【8月29、30日】 レオン・バラル
 ゴビーを訪ねた後、再び列車に乗ってベジエへ向かい、レオン・バラルを訪問しました。
ドメーヌ・レオンバラルでは、1993年のファースト・ヴィンテッジ以来、ディディエが意識的に貯蔵してきた「歴史的ワイン」がかなりの量に達したため、新しい熟成用カーヴが必要になりました。そこで2009年に、斜面を崩してカーヴを建設することになりました。そのカーヴ造りの思想と建築方法がすごいのです。まず村の入り口近くにある所有地の斜面を崩し、次に地下から切り出した岩を、石工が一定のサイズに加工。家屋の全体像は、地下に広壮なカーヴを設けたあと、その上すなわち地上部分に、3年がかりで住居用の家屋を設けるというものです。
 着工して30ヶ月、ようやく地下カーヴの6割が仕上がったところです。カーヴには近代の資材をいっさい用いず、この地の石と土と木材だけで建設するのです。この地方で今は誰も試みなくなった工法だと聞いています。石工はベジエに住む職人さんたちで、工事中は石工の責任者は泊まり込み作業です。本年8月に、世界遺産の補修をしている専門家が、噂を聞きつけて来訪し、「こんなことは、誰もやっていない」と言ったよしです。
 元々の目的は、大切に保存してきたワインの保管場所が限界になったゆえの新設と規模の拡大でした。バラル家は、相変わらずボロ車を使い、華美な暮らしを求めません。けれども仕事ではひたすらワイン造りと農業環境を考える一方で、カーヴは可能な限り理想に近づけています。4-5年先には、この呼吸するセラーで醸造するとのこと。何と素晴らしいことでしょうか。
 なお、今年2月には、長年の有機栽培の努力に対して、レオン・バラルに農林水産大臣から最優秀賞が授与されました。未来を見据えた、ドメーヌ・バラルのさらなる前進を信じ、みなさんとともに祝福したいと思います。


Le Trophée national de l’Agriculture Durable 2012 a été remis le 28 février, lors du Salon de l’Agriculture, à Monsieur Didier BARRAL - viticulteur à Cabrerolles dans l’Hérault, par Bruno LE MAIRE, Ministre de l’Agriculture, de l’Alimentation, de la Pêche, de la Ruralité et de l’Aménagement du Territoire, et Erik ORSENNA.


合田 泰子

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