1.イタリアのMagus(魔術師/メイガス) テオバルド・カッペッラーノ

 巨匠テオバルド・カッペッラーノが造る偉大なワインの数々をご紹介できることは、どれほどの喜びであるか、とうてい言葉に尽くせません。初めて彼のワインを味わったその瞬間、「このようなワインがあったのか」と、言葉をなくしました。

 写真でご覧のとおりの容貌で、知性にあふれておおらかで、おだやかな微笑みをたやさない人物ですが、内奥に秘める深い人間性を、ワインをとおして感じずにはおられません。彼は、これまで私が出会った、いかなる造り手とも違っています。単なるワイン職人とはほど遠い存在で、学者臭くもなく、バッカス神とアテネ神とゼウス神が一人の人間に宿った、とでも言いましょうか、現代に息づくMagus(メイガス:魔術師)という言葉こそ、彼の形容にふさわしいでしょう。


 「ワインはビンに閉じ込められた謎である」とはジェラルド・アシャーの至言ですが、テオバルドが造るワインは、すべての口にするもののなかで、もっとも人生の悦楽をその味わいをとおして呼び覚ましてくれる究極のメディア、官能の媒体です。ひと口に言えば、複雑さを感じさせないほど柔らかな味わいが基調にあって、テクスチュアはあくまで優しく人間的であり、奥底から閉じ込められたエキスが静かに立ち上がって、感覚と精神に働きかけるのです。言い方を変えれば、妥協を排した古典的な考えのもとに、すぐれた感覚で仕上げられた傑作です。「色の薄さにだまされてはいけない」道理で、真の古典的なワインだけに認められるクオリティが、「狂気の境」を感じさせるようなすごさの内に潜んでいます。


 ワインビジネスは、人と人とのつながりで結ばれていますが、さいわい今までずいぶんいろいろな方々のおかげで、素晴らしい出会いに恵まれてきました。でも、出会いには別れがつきもの。ご存知のように2年前のこと、5年のあいだ精魂を傾けて設立・運営してきた前会社(ル・テロワール)から、図らずも追われたため、いったんはヨーロッパのワイン界で信用を傷つけられました。が、自分が納得のいく仕事のスタイルと組織を、ワイン&ビジネスのパートナーとともに再構想し、ラシーヌという小さな新会社で追求することにいたしました。

 この間、辛い別れもあり、私のもとから離れた大好きなワインもありました。妨害のさなかで関係を修復するのに、特にイタリアでは難儀しました。が、「後ろを振り向くな。人生はエモーションだ」というジュゼッペ・ラットの言葉に励まされ、ひたすら前進と開発に集中してきた2年間でした。私にとってこのたびのカッペッラーノとの出会いは、さまざまな経緯をひとはけで消し去るような、記念すべき人生のイヴェントであって、興奮いまだ醒めやらない日々を送っています。


 カッペッラーノ家の歴史はバローロの歴史そのものでもあります。同家で最初にワイン造りに携わった公証人フィリップ・カッペッラーノにとって、次世代にあたる薬剤師のジュゼッペ・カッペッラーノが、独創的なバローロ・キナートを世に問いました。その後、カッペッラーノ社の今日を築いたのが、第4世代でわが道を行く超個性的なテオバルドです。セッラルンガにそびえるカッペッラーノ家は、100年を超える歴史があるバローロ屈指の名生産者なのです。

 それでは、なぜ、カッペッラーノのワインが、世界のワイン市場とワイン愛好家のあいだで広く知られることがなかったのでしょうか。そのヒントがあります。


 初めてピエモンテを訪れた1995年、私はアルバのエノテカで、カッペッラーノの《バローロ・ガブッティ・オティン・フィオリン1990》を入手し、東京に持ち帰ってテイスティングしていました。このとき同時に買い求めた、チェレット(ブリッコ・ロッケ1988)、アルド・コンテルノ、エリオ・アルターレなど、他のワインの印象は今でもはっきりと覚えています。けれどもカッペッラーノのワインは、買って飲んだことすら忘れていました。が、先ごろ資料を大整理していた際、購入先のレシートと、剥がしたラベルが出てきて、ふたたび驚いてしまいました。また、先日カッペッラーノ家を訪問した直後、アスティのエノテカ/バールで昼間の訪問の感激を確かめるべく、《バローロ・ガブッティ・ピエ・フランコ・ミケ1998》を飲みました。残念ながら、バランスを崩して見る影もない哀れな味わいでした。

 最初の出会いの際、1990年ヴィンテッジを味わって印象のかけらも残らなかったのは、イタリアワインに関する私のテイスティング能力と経験が未熟だったせいかもしれませんが、おそらくワインがあまりにデリケートゆえに、やはりバランスを崩していたのでしょう。保管条件によるコンディションの悪さが、カッペッラーノにとっては致命的なことは、間違いありません。

 次に考えられる理由は、テオバルドのいわゆる「ワインジャーナリズム嫌い」です。実のところ、彼はやたらと評価点や星印、ランキングを乱発するワイン評論家のやり方に我慢がならず、点数を添えた記事やレポートに採りあげられることを拒否したのです。このことは、彼のワインの裏ラベルにも明記されており、『イタリアの高貴な赤ワイン』と題する詳細な歴史的大著を著した故シェルドン・ワッサーマンに対する「点数辞退のいきさつ」どおりです。こうして、テオバルドが現代のワインジャーナリズムにそっぽを向けたため、姿が見えにくくなったのです。


 『バローロ:人物と神話』のなかで著者のオメガ・アルテは、テオバルドのことを「バローロの造り手というより、バローロの芸術家である。彼の振る舞いは、自分の考えにあくまでも忠実に行動する人間のそれであり、彼の考え方は入り組んだ迷路のような芸術家の志向と共通している。彼の話には脈絡がないように思えるが、最終的には一本筋のとおった率直な考えにつらぬかれており、カッペッラーノ族に100年以上も受け継がれる理念に根ざしていることがわかる」と述べています。テオバルドは、誇りと信念にもとづいて、バローロの真の味わいを伝えるために、現代のワインビジネスや「歪んだワインジャーナリズムやガイドブック」と、この数十年戦ってきたのでしょう。そのためか、未だにアメリカには輸出されていませんし、また日本にも今回が蔵出しでの初入荷となりました。


 カッペッラーノの入荷は、私たちにとって、まさに「大事件」であり、ワインの仕入れにかかわる仕事の中で、これほど驚きと感激を感じたことはありません。間違いなくワインとその造り手その人に共感していただけると信じています。


 バローロ・ピエ・フランコ・ミケ2000は秋のビン詰めで、入荷は2006年2月を予定しています。今回入荷のワインは、数も少量ですので、十分なご案内はできませんが、味わう喜びを皆様と分かち合うことができれば、幸です。

(記/合田泰子)



付記:魔術師(メイガス)について

 現代イギリス文学の誇る最高傑作のひとつが、鬼才ジョン・ファウルズの著した『魔術師(メイガス)』(河出文庫)です。彼の名は、映画『コレクター』や『フランス軍中尉の女』の原作者として、あるいはご存じかもしれません。『魔術師』(マジシャンではなく、古風なメイガスという呼び方に注意)は、今ならさしずめ、ロバート・ゴダードの高級文芸版といったところでしょうか。奇想天外に屈折したストーリーを支配する、異様なまでに魅力的な「魔術師」ぶりに、イギリス文学ファンは舌鼓をうったものです。

 初対面のテオバルドから受けた印象が、まさしく知的な現代の魔術師というものでした。これまで面識のあったいかなるワイン人とも異なっており、比類のない知性、個性と人間性が感じられ、ワインだけでなく、人物にも惚れ込んでしまいました。語りあううちにたまたま同年生まれということもわかり、たがいに親近感すら生まれました。孤高の天才テオバルドとそのワインが漂わす魔術的な魅力こそが、「現代イタリアの魔術師」とよんではばからない理由です。なお、ジョン・ファウルズは、この文章を草した直後の2005年11月3日、惜しくも世を去りました。

(記/塚原正章)

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