3.テオバルド・カッペッラーノ語る
――Maurizio Rosso & Chris Meier“Barolo”(Omega Arte,2000)

 テオバルド・カッペッラーノはバローロの造り手というより、バローロの芸術家である。彼の振る舞いは、自分の考えにあくまでも忠実に行動する人間のそれであり、彼の考え方は入り組んだ迷路のような芸術家の思考と共通している。彼の話には脈絡がないように思えるが、最終的には一本筋のとおった率直な考えにつらぬかれており、カッペッラーノ一族に100年以上も受け継がれる理念に根ざしていることがわかる。


 「バローロはバローロであり、ピカソの作品を言葉で説明できないように、バローロを説明することもできないのだ」


 最初にワイン造りを始めたのは、公証人をしていた私の曽祖父フィリップだった。彼は68ヘクタールあまりのブドウ畑をセッラルンガ地区に所有していたが、二人の息子たちがまだ若いうちに死んでしまった。私の祖父にあたるジョヴァンニは大学の薬学部に在学していて卒業を目前にひかえていたし、もう一人の息子ジュゼッペには何年も学業が残っていた。結局、祖父がワイナリー経営を継ぐことになり、1912年にフィロキセラの最初の被害を受けるまで、その任にあった。祖父はフィロキセラに強い苗木を求めて、まだこの害虫が存在していなかったチュニジアに渡った。後にイタリアに戻ったが、チュニジアで罹った熱帯性の病のために亡くなった。そこで、薬学の勉強を中断した私の大伯父が経営を引き継ぎ、1958年に3人の孫たちにバトンタッチした。

 私はチュニジアで生まれたが、1968年に父が亡くなったため、69年にイタリアに帰ってきた。翌年の70年から私はバローロ造りに携わり、今日まで続けている。アフリカ北東部にあるエリトリア(旧イタリア植民地)の首都、アスマラに居たときも、私はワインを造っていた。干しブドウで毎年48回仕込みをしていた。つまり、週に一度、サルタナ・レーズンでワインを醸造していたのだ。レーズンを水で戻し醗酵させるだけで、香り高く素晴らしい辛口ワインができた。そもそもブドウ栽培が始まったのは中東地域であり、イスラム教がそれを根絶やしにしたのだ。

 私の大伯父ジュゼッペは、最終的には薬学部を卒業した、バローロ・キナートの創始者である。公証人をしながらワイナリー経営に乗り出した一族に生まれた彼は、1885年には本格的にワインの仕事に携わりたいと考えていた。つまりワイン造りは私で4代目になるわけだ。


 19世紀末は画期的な時代だった。薬剤師たちが、コカコーラやヴェルモット、今でも飲まれているアマーロやハーブティーの大部分のレシピを考案したのが、ちょうどこの頃のことだ。それまで経験だけに頼っていた薬学は、科学的な根拠にも重きをおくようになった。と同時に、当時の人びとは薬草についての基本的な知識ももっていた。残念ながら現代人は、豊富な科学知識はもっていても、アロマにはすっかり鈍感になってしまった。このままいくと、お粗末なワインばかり造られるようになり、バローロ・キナートの質をまたもやどん底に貶めてしまう危険がある。

 私が唯一自負しているのは、しかるべき品質のバローロ・キナートを復興したことだ。現在のバローロ・キナートが頂点を極めているとしたら、それは私の努力の賜だ。私は常に最高のものを造ってきたのだから。

 今年はインターナショナルなスタイルのワインも2000本造った。こうしたワインも造れるということを示すためだ。バローロが国際的に知られた他の銘柄と一線を画しているのは、個性が非常に強く、他のワインとは異なっているからだ。それなのに、なぜその個性を大切にしないのだろう?私たちバローロの生産者は、他の地域よりもいくらか恵まれた環境を与えられているというのに、なぜその恩恵を利用しないのだろうか?

 そもそも「美味しいワイン」とはどういう意味なのか?「このワインはとても美味しいが、バローロのような個性はない」と言ったとしたら、「美味しい」ということに何か意味があるだろうか?「美味しさ」の定義は「美」の定義と同じだ。ピカソの絵を「美しい」と評する人がいるだろうか? ピカソの作品は彼のアイデンティティを表すものなのだ。ピカソと同様に、バローロも地域のアイデンティティを表すワインなのだ。万事、そういうことである。だから「美味しいとは?」「美しいとは?」などと私に訊かないで欲しい。満足のいく答えなど存在しないのだから。

 バローロはバローロであり、ピカソの作品を言葉で説明できないように、バローロを説明することもできない。絵画でもワインでも、その特徴や材料を説明することはできる。だが、例えばデ・キリコの絵をよく見れば、テクニックはピカソのそれと同じでも、与える印象がまったく違うことに気付くはず。ワインを造ること、バローロを造ることは芸術だ。なぜならば、人に快楽をもたらす事物はすべからく芸術といえるのだから。ワインは快楽を与えるものなのだ。

 デ・キリコの絵は、見ればすぐに彼の作品とわかるアイデンティティを具えている。愚かにもバローロの生産者たちは、各々が別々のメッセージを発信し、時にはバローロという銘柄のもとにアイデンティティの異なるワインを造るので、飲み手にはバローロを理解することができないのだ。私たちバローロの生産者は、唯一のアイデンティティを保持すべきなのだ。

 たとえば、バローロは明るい色をしているか否か、という問題がある。私たちがバローロの基準を改正したとき、色を「ガーネット色を帯びた、澄んだ赤色」と定義しようとしたところ、皆がそれに反対した。なぜだろうか? 反対の理由は、ただ単にテイスティングシートに色の項目があるためだったのだ。
色が濃いというだけでこの項目に高い点数を与えるジャーナリストたちがいるので、色が濃いワインは点数を稼いで必然的に高い総得点にありつく。これは馬鹿げたことではないか。バスト96センチ、ヒップ40センチの女性は美人である、と断定するようなものだ。このような女性は、現実にはバランスが悪いからとうてい美しいとは見なせない。ワインに対するこうした評価法は、一部のジャーナリストには通用し、特定のワインに成功をもたらすかも知れないが、バローロの地域全体のためにはならない。色の濃淡が長期熟成に耐えるかどうかを示す指針になると考える人もいるが、これも間違っている。色はなんの意味ももたないのだ。3年の熟成にすら耐えられないのに極端に色の濃いドルチェットもある。かと思えば、10年熟成してもまだ美味しいロゼもあれば、15年経っても素晴らしい白ワインも存在するのだ。

 私がこの世界に入ってからも、バローロの醸造技術は変化している。だが、私たちの時代がバローロにもたらした変化は、ある種の醸造過程の仕組みについて新たな知識が加わったに過ぎない。


 現在ではバローロには新樽が使われている。バリックがもてはやされたのは、木樽の香りをつけたワインの流行もあるが、現代では澱の臭いがワインに移る心配がなくなったためである。つい一昔前までは、毎年、大勢の人手を使って樽を清掃し、取り除いた酒石を売却していたものだ。ワイナリーは非常に清潔に保たれていた。清潔な古い樽はワイン造りに最適なのだ。私自身、オーストリアのヴァッハウで、150年も使い続けた樽で造られた白ワインを飲んだことがある。こうした古い樽を使わなくなったのは、人を使って清掃することが不可能になったためだ。

 ブドウの圧搾についても、最良の方法は人間の足で踏み潰すことなのだ。ブドウを踏み潰すために20人の作業員さえ確保できれば、私は圧搾機など捨ててよいとすら思っている。料理でも人間が手で捏ねたパスタは、機械で捏ねたものとは味が違う。機械では手捏ねの味は決して出せないだろう。さまざまな物が発明されるのは、労働力が得がたくなったために他ならない。ワイン醸造に用いる技術は変化しても、ワイン造りの概念は昔も今も変わらないのだ。昔のブドウ畑ではキャノピーを木の支柱で支えていた。現在では長持ちのするコンクリートの支柱に代わったが、木製でもコンクリート製と同じ働きをしていた。ステンレス鋼の発明は素晴らしいことだが、ステンレス製タンクになっても容器としての本質は変わらない。私は新しい技術が好きだが、新技術がワインを良くしたとは思っていない。ブドウ品種も昔からあったものばかりだ。実際には、ワインの世界では新しい発見などひとつも成し得ていないのだ。ワイン造りの技術は、2000年前からなにも変わっていないのである。


 私は89年から現在までやむを得ずバリックを使ってきた。市場のニーズに対応するためにバリックの使用を余儀なくされていたが、それも今年で終わりだ。1998年からはバリックを使うのをやめ、この日のために保存しておいた大樽で再びワインを造るのだ。じつのところ、樽の種類など、瑣末なディーテイルに過ぎない。大問題として論議追求すべきことは、たとえば48時間で醗酵させるなどという度を越した試みや、あまりに変則的なワイン造りである。


 このバローロを味わってみなさい。アメリカ産品種の台木に接ぎ木していないネッビオーロの苗木を、私が自分で畑に植えて造ったバローロだ。この柔らかさには他のバローロでは決して出会えないだろう。私は自分に問いかけてみる。「昔のワインは、今のワインよりも柔らかかっただろうか?」と。現代は100年前より良い物を食べているのかどうか? これもよくよく考えなければわからないことだ。フランス革命やロシア革命の後もそうだったように、急激な変革のあとに復古の時期が訪れる。革命と違って、伝統は物事をゆっくりと少しずつ変えていく。馬に代わる動力としてエンジンを備えた自動車も、その概念自体は馬車とたいして変わらないのだ。

▲ページのトップへ

トップ > コンセプト