4.テオバルド・カッペッラーノ、逝去のお知らせ
--テオバルドの思い出とともに--

 ついに、悲しいお知らせをするときがきました。


 ピエモンテ、いや、イタリアが誇るワインのつくり手であるテオバルド・カッペッラーノさんが、2009年2月20日に64歳で惜しくも逝去されたのです。


 この悲報は、盟友テオバルドを失って動転しているジュゼッペ・リナルディから、アルザスのブリュノ・シュレールに即刻伝えられ、その場に居合わせた合田から塚原に連絡が届きました。悲しみにひたる間もなく塚原は、シチリアのサルヴォ・フォーティそのほか、テオバルドとそのワインを敬愛する海外の友人に逝去の報を知らせた次第です。

 時をおかず、イタリアやフランスで暮らしている日本の方々からの連絡によって、葬儀の詳報がわかりました。フランスでディーヴ・ブテイユの催しに向かっていた合田は、一日早く予定を切り上げて、カッペッラーノ一族の名を冠する「ピアッツァ・マリア・カッペッラーノ」で本日24日に催される葬儀に参列することにしました。


 思えば、テオバルドがバルトロ・マスカレッロの葬儀で友人を代表して弔辞を読んでから、まだ4年も経っていません。イタリアのワイン界は矢継ぎ早に、ジョヴァンニ・コンテルノ(2004年;76歳)、バルトロ・マスカレッロ(2005年;78歳)、 エドアルド・ヴァレンティーニ(2006年;72歳)に引続き、またしても重鎮を、しかもこんなに早くに失うことになったのです。


 とりわけ、ピエモンテとバローロの生産者と、イタリア中の自然派ワイン生産者にとって、テオバルドの存在はかけがえがありませんでした。けれども心が広くて温かいテオバルドは、一地域や自然派ワインというような党派的な意識からではなく、自分の住んでいるセッラルンガの村と人々を愛するとともに、イタリア全土のワインづくりのあり方を深く考えていました。昨年は、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの規格をめぐってシエナで催された公開討論会に出席し、伝統的なワインづくりの代表格として、カベルネなどの国際品種の混入に反対し、現行のサンジョヴェーゼ100%規格を支持する、という正論を吐いたのです。このようなテオバルドだからこそ、一部の自然派生産者やそれに同調する輸入業者が、自分たちの個人的な利益だけを求め、さもしい分派活動や行動をすることを、苦々しく思っていたのです。

 ヴィーニ・ヴェーリというイタリアの自然派ワインのつくり手を糾合する組織に、テオバルドは90年代から参画しており、2005年から会の代表をつとめ、大役をはたしてきました。なにしろ一人一党のような「アナキストの集まり」(テオバルドの言葉)だから、議論が果てしなく続いて一向にまとまらないのに閉口したとのこと。「まるで、アナキスト連中の王様のようなものじゃないですか」という塚原の口調に、テオバルドも苦笑いしていました。さすがに晩年には、「一年の3分の1がヴィーニ・ヴェーリのためにとられてしまうから、もう会長職を辞めよう」といっていました。

 事実、多忙と激務が重なったせいか、近ごろは体調を崩しがちな印象を受けました。たとえば、ヴィニタリーの直後に訪ねたとき、風邪と発熱をおしてやつれた厚着姿で現れたことがあります。最後に私たちがセッラルンガの自宅で会った昨年秋には、不吉な予感をおぼえました。テオバルドの顔面は蒼白で、長身(1m90cm)を大儀そうに杖で支えていたからです。それでも「今日は調子がいい」といいながら、カルシウムの全身骨格沈着という家系につたわる奇病の説明をしてくれました。が、話すにつれていつものユーモアがあふれだし、頭の冴えも戻ったので、少しばかり安心したのですが……。


 本年1月にローマで開かれた「ヴィーニ・ナトゥラーリ」という自然派の横断的な集まりには、残念ながらカッペッラーノ父子は姿を現しませんでした。事前にメールで問い合わせたら、息子のアウグストから「父の健康問題が深刻で、クーネオの病院で検査と手術を受けるから出席できない。術後がよければ、自分だけ行くかもしれない」とのこと。いよいよ不安が高まりましたが、案の定スタンドにはワイン(とテオバルドの友人)が代理出席していたのです。


 6年前にテオバルドと私たちがはじめてあったとき、たまたまテオバルドと塚原はともに1944年生まれであることがわかりました。その場で二人かぎりの「44年組」が結成され、塚原は「いとしのヴァレンタイン」にある金鉱発掘者の49年組(フォーティ・ナイナー)をもじって“forty-fourer”と名づけました。以来二人は会うたびごとに、いずれともなく「覚えているかい?」「もちろん!」といい交わしながら、いつも冗談をいい合ってきました。英語で言う“joking friends”です(ちなみに、この“s”は、複数を意味するのではなく、相互関係を表しています)。

 残念ながら、44年組はもう解散せざるをえません。けれども、テオバルドの愛息でやはり長身のアウグストは、すでに数年前から実質的にカッペッラーノ家のワインメーカーを務めていますから、心配は要りません。化学を修めたアウグストは、父親ゆずりの賢さを身につけた好漢なのですから。


 これから新しい時代にはいったカッペッラーノとラシーヌとは、これまでどおりの深い信頼関係に立って、ともにテオバルドの遺志を引き継ぎながら、両世代のワインをご紹介していくつもりです。旧倍のご支持をお願い申し上げます。



株式会社ラシーヌ 代表取締役
合田泰子/ 塚原正章

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